イベント広場を通りかかるとピアノの音が聞こえてきて、
どんな人が弾いているのだろうと気になる。
音色だけで性別や年齢を言い当てることはまだ、僕にはできない。
大きな身体の男性が、
トリスのイラストのような顔をして
たのしそうにからだをゆったりと動かしながら弾いていた。
僕はまさかと思った。よく知っている〈先輩〉だったのである。
〈先輩〉は𠮟られたらすぐに落ちこむし、
他人にほめられたらぶわっと涙をためるし、
トイレにこもってさめざめと泣いていたり
げらげら笑っていることすらあるという大げさな噂すら耳にしていた。
そんな〈先輩〉が、広場を通りがかるひとたちの足を止めている。
ピアノを弾く先輩の、隣にたつ同年配の女性が
手を伸ばしてスマートフォンを上からかざしたり下から撮影していた。
熱狂的なファンのような印象すら受ける。
「もうやめてよ。照れるじゃない」と
〈先輩〉が笑顔のまま言う。
女性が答えた。
「いいじゃない、あなた演奏しているときが最高にかっこいいんだから」
『イベント広場には誰でも参加可能です』という掲示板が目に入る。
人だかりができるほど上手だった。
初めて聴く曲で、
ゆったりと流れていたと思ったら急に速くなる。
その変わり目が、楽しい、と思ったら奇妙に物悲しい。
ピアノの周りを囲む二十人くらいの人の輪にぼくも入って見ていた。
女性はTシャツを着ていた。英語で文字が書かれている。
ぼくには〈これが自慢のあなた〉と読めた。〈この世にたったひとりのひと〉
広場を離れて帰る道すがら考える。
たったひとり、でいいからあんな風に熱烈に応援されたいと。
不得意な分野では酷く粗末に扱われても軽侮されても、
たったひとりのひとにだけは
とてつもない高評価を受けている、あのひとのようになりたいと。
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しずおか西のけいこは月ようびと金ようび。
いっしょうけんめい、あがいて、いっしょにいきていこう。
じゅくせい、ぼしゅうちゅうです。
きょうは、スーパーブルームーンが、見えるそうだ。
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