原付自転車に乗って道場へ向かっているとき、
赤信号の前で自転車にまたがったまま止まっている女性を認めた。
彼女はスマホで話している。
彼女の髪がざんばらりとしているのは、
自転車に乗っていたときの強風にあおられたせいだろう。
相当急いて走ってきたように思われた。
後ろ姿は一見、四十代後半くらいに見えたのだが、
よく見るとスカートも上着もチェック柄で制服のようだ。素足だった。高校生のようだ。
彼女は信号が変わっても動かずに夜空を見上げた。
流れだした涙が街灯に照らされてはっきりと見えた。
そしてあまり見たことのないやりかたで、涙を拭った。
彼女は手首の内側を使って涙を拭ったのだ。
うれし涙なら人差し指の内側を使うだろう。
彼女の悲しみの涙は大粒すぎて、手首でないと拭えなかったのだ。
それから彼女は
「おとう。おとう」と叫んだ。
いまどき「おとう」と父親のことを呼ぶ高校生はどんな人物なのか興味を惹かれる。
その日、彼女は久しぶりに同じ卓球部の友だちと
マクドナルドでおしゃべりを楽しんできたのではないか。
父親の闘病生活は三年目に突入しており、
ちゃんと治療を続けていれば大丈夫、
もしかしたら寿命をまっとうできるかもしれないと医師に言われたのではないか。
だから「たまには息抜きしておいで」と母親にも背中を押されるがまま、
でかけたのではないか。
強風にあおられながら自転車に乗って帰宅する途中、
赤信号で止まって彼女はやっと着信に気づいた。
母の声は落ち着いていた。
「お父さんは、天国に行ったよ。
今階段を上っているところだから、あんたは慌てず気をつけて帰っておいで」
どうしてこんな夜にでかけてしまったんだろう、
そしてあと少し帰宅が早ければ最期に話ができたのにと
彼女は悔悟する。
青信号になり、原付自転車を出す。
彼女が夜空を見上げて大声を上げて泣いているのが、視界の隅で見え、
遠ざかっていく。
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土曜日は、空道の支部長昇段審査で東京へ。
僕自身は審査を受審する空道家のスパーリングの相手をする。
殴りあって蹴りあって投げあって、
終わった後に握手する。
これは非日常だからこそ、
えがたい経験なのではないかと思う。
翌日日曜は支部長会議、それから新年会へ。
三十年以上、ずっと先輩だし、後輩だし、仲間なのだ。
とてもたのしい。
今日は静岡西の稽古。
毎回、少しずつぎじゅつをみにつけていって、
そうして、目標へちかづいていく。
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