一週間のうち一回もしくは二回しか会わないのに、
なんだか毎日言葉を交わしているような気になるひとたちがいる。
一方で、他人を屈服させたいという気持ちで生きているひとの印象は
ことごとく薄い。
他人がいま何をしているか、何を考えているか探っている間に
日は落ちていくのに彼らは気にならないようだ。
そんなことより、自分が何をしたいのかに注意を向けて時間が経っていくほうが、
こと自分のためにはなると思うのだ。他人のためにはならないけれど。
自分のことを理解するより、他人のことを嗅ぎ回って白日の下にさらしたい恥をかかせたいというのは、意地悪でからっぽな印象を受ける。
そういうひとがする表現を、誰が見たり聞いたり気にしたりしたいと思うでしょうか。
今ともに汗を流す空道家たちと、
ずっといっしょにいたいが
そうはできないだろうと思う。
だからこそ大いなる蜜月期を過ごしたい。
僕は、三十年前に空道の道場で技を磨き会ったひとたちや、
四十代になってからも試合に出て新たに出会った武者たちと
いつも心の中で、勝手ながら励まし合っています。
大人だって悲しいときやさびしいときはあります。
そんなときに、そばにいてもいい人物になれたらなあ。
なんにもできないのに、きもいと言われるのを承知で、
足下にうずくまって、冷え性の足をあたためる
犬のような存在になって。
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